O. Henry’s American Scenes「オー・ヘンリー傑作短編集」ラダー・シリーズ

オー・ヘンリー短編のリトールド版。IBCラダーシリーズ Level 2です。代表作「賢者の贈り物」「最後の一葉」ほか、全部で7作品あります。

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情報感想

“O. Henry’s American Scenes”書籍情報

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“O. Henry’s American Scenes”感想

短編の名手として有名なアメリカの作家、オー・ヘンリーの作品のなかから、とくに有名な作品を集めたものです。読んでみて感じるのは、語彙数でリトールドのレベル分けをすることができるのかという疑問です。おそらく、多読を始めた人の多くが、一度は「単語が易しければ、本当に読みやすいのだろうか?」と感じたことがあると思います。単語が易しいのに、読んで意味がとれないとなると、自信を失うおそれがあります。この本には、易しい単語を使ったために、逆にわかりにくくなる、という見本のような場所があります。

The Last Leaf 冒頭読み比べ

The Last Leaf「最後の一葉」の始まりを読み比べてみましょう。まずは、リトールドから。

リトールド

In a small part of the city west of Washington Square, the streets have gone wild. They turn in different directions. They are broken into small pieces called “places.” One street goes across itself one or two times. A painter once discovered something possible and valuable about this street. Suppose a painter had some painting materials for which he had not paid. Suppose he had no money. Suppose a man came to get the money. The man might walk down that street and suddenly meet himself coming back, without having received a cent!

オリジナル

オリジナルはこれです。

In a little district west of Washington Square the streets have run crazy and broken themselves into small strips called “places.” These “places” make strange angles and curves. One Street crosses itself a time or two. An artist once discovered a valuable possibility in this street. Suppose a collector with a bill for paints, paper and canvas should, in traversing this route, suddenly meet himself coming back, without a cent having been paid on account!

原文が、”paints, paper and canvas”(絵の具、紙、キャンバス)と具体的なのに、リトールドが “some painting materials”(絵の材料) と抽象的で、かえってわかりにくいのは別として、リトールド “Suppose a man came to get the money.” の、”the money” が直前の “no money” より前の “which he had not paid” を指していると、すぐにわかるでしょうか? そこがわからないと、”a man” がそれをツケで売った画材店の集金人と理解できないのですよ? a と the の冠詞の意味や使い分けに相当敏感でないと意味がとれないのですが、日本人の初級者にそれができるものでしょうか。単語はシンプルですが、意味はかなり深いのです。

一方、原文を読むと、”a man” のところが、”collector”(集金人)と具体的ですし、”without a cent having been paid on account!”(ツケを1セントも払ってもらわずに)と書いてあれば、もらい損ねたことは明白です。リトールドにある “The man might walk down that street and suddenly meet himself coming back, without having received a cent!”(その男は道を歩いて行って、突然1セントも受け取らずに自分自身に会うことになるかもしれない) の方が、よほど意味がとりづらいと思うのですが、いかがでしょうか。この “The man” は直前の “a man” のことで、”a man” は “a painter” の “had not paid”を get しようとしている男なんですが、わかるんですかね?

“meet himself coming back” も、単語自体は簡単ですが、初級者の手に負える表現ではないでしょう。実際、“meet myself comming back” って何の意味でしょうか?ネットで調べてもニュアンスが分からず、困っていますという、母語がスペイン語の人の質問が見つかりました。その返事が「ものすごく忙しい人を形容する表現で、例えば一日に4つの会議がみっちり詰まっている人が、3番目の会議が終わって4番目の会議の準備をしているとき、『ものすごく急いで4番目の会議に出なくてはいけないから、3番目の会議から帰ってくる自分とぶつかりそうだよ』のように使います」です。

この小説で、集金人とは、すぐに金返せー!とせっつくキャラクターと設定されており、引用した文は、一刻も早く集金しようとする男がセカセカ・バタバタしているために、いつまでも同じ通りの中をグルグル歩き回り、突然「はてな?」とキョトンとするのを、はたからあざ笑うという、落語のような味わいがあるのです。この微妙なオチで笑えるのは、ネイティブクラスの読者だけではないでしょうか。「自分自身に会う」を単に「一周して元に戻ってきた」という意味の文学的比喩と解釈すると、スピード感にとぼしく、その分おかしさのレベルが落ちます。「さっきの自分と鉢合わせしちまったいっ!」「まだましってもんよ。俺なんざ自分の背中を蹴っ飛ばしてしまった」あまり落ちませんが、お後がよろしいようで。

そもそも、道が複雑なだけだと、集金人だけが迷って画家が迷わない、という説明には十分ではありません。原文の英語表現が「すごく忙しい人を形容する」という語感が働いてこそ、集金人が迷うのは焦って金を求めるからだ、つまり、画家は道を究めるために目先の金を追わないという、小説のテーマもくっきり浮かぶのです。

ラダーシリーズのレベル2 とは、TOEIC 400〜500、英検3級にオススメらしいのですが、そのレベルの読者がこのリトールドを一読で理解できたら脱帽です。

結局、語彙数が少ないからといって、読みやすくなるとは限らないということです。一般的な心構えとして、すごく低いランクの本が読めなくてもがっかりするべきではありません。get, come, make, have などの基本単語を使った熟語が多い文は、日本人にはむしろ手強い可能性さえあるのです。

この本に関しては、”The Gift of the Magi” と “The Last Leaf” の冒頭部がとくに面倒ですが、全体的にも読みやすいという印象はなかったですね。元の小説を読んでいるか、オー・ヘンリーファンにはお勧めできますが、多読をはじめたばかりの人は、もっと読みやすい本を選んだ方が安全かと思います。

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