head が「頭」じゃないなんて、頭にくる話

head は「頭」、小学生でも知っているはずですが、意外に手強い単語です。おそらく中高生用と思われるアクセスアンカー英和辞典 第2版を見てみると、こんな記事がありました。

使い分け==head, face, neck ==
head は首から上の頭部全体で face(顔)を含む。日本語では「窓から顔を出すな」というが、英語ではfaceではなくheadを用いて、Don’t put your head out of the window. という。また、日本語の「首を切る」を英語ではneck(首)を用いず、headを用いて表す。The king cut off their heads.(王は彼らの首を切り落とした)
==
●shake one’s head 首を横に振る(≫否定の返答)

私もつい、「頭を振る」とか翻訳してしまうことがありますが、中級以上の英語学習者であれば、まあこの辞書に書いてあることは常識でしょう。しかし、知っているということと、現実に応用できることは別で、プロでさえ、ときにこういうところでつまづくことがあります。それほど、head とくれば、すぐに「頭」が頭に浮かぶのです。

「バスカヴィル家の犬」の第7章で、バスカヴィル館についたワトソンは事件の調査中、ステイプルトンという男と出会い、家に招かれます。ステイプルトンは妹と二人きりで、荒野のどまんなかの寂れた家に住んでいて、中から外を見渡すと、どこもかしこも荒れ果てたムーアの景色。ワトソンはなんで好きこのんでこんな家に住むのかと思うのですが、そのワトソンの表情を見て、ステイプルトンは身の上話を始めます。元は学校教師だったこと、伝染病で学校経営に行き詰まったこと、それでここに引っ越してきたが、昆虫採集が趣味なので、むしろよかったかもしれない。こういう話は後で重要になってくるのですが、ともかく、ステイプルトンは、色々話した最後をこう締めます。

All this, Dr. Watson, has been brought upon your head by your expression as you surveyed the moor out of our window.”

どうでしょう?単語は簡単ですが、けっこう意味がとりにくくはないですか?文庫から、この部分の翻訳を見てみると、以下のようになります。(強調は引用者)

ワトスン先生、こうしてここの窓からご覧になるところを見ていますと、そうしたことは何もかもおわかりと思いますけどね 新潮社

ワトスン先生、窓からムアをごらんになっているあなたのお顔から察するに、お考えになっていたことはこんなところでしょう。 光文社

ワトスン先生、あなたが窓から荒野を見わたして、どんなことを考えておられたのか、お顔の表情でわかったからです 早川

ワトスン先生、あなたが窓から荒野を見わたされたときにも、こうした思いは、あなたの心に浮かばなかったでしょうか 創元社

ワトスン先生、窓からムアをじっとごらんになっているあなたの表情を見て、わたしの言う意味がご理解いただけていると思いましたが 河出書房

原文を見て下さい。訳文にあるような「考える」「心に浮かぶ」「わかる」「理解する」にあたる単語はありません。ということは、”brought upon your head” = 「あなた(ワトソン)のに浮かぶ」と解釈した訳なのでしょう。でも、”has been brought”なのだから、受動態ですよね?その解釈はなりたつのでしょうか?意味的にも、ステイプルトンが話したことは個人的な過去の話で、ワトソンが予測できるような内容ではありません。

直訳するとこうなります。

これはすべて、ワトソン先生、あなたのheadがもたらしたものです。窓から外のムーアの景色をじろじろ見ているときの表情からね。

All this というのは、それまでにした話全部のことのはずです。それが、「あなたのhead」によってもたらされた。そう、このheadは、どちらかと言えば「頭」ではなく「顔」でしょう。直後の by your expression「表情によって」という表現と、かぶっているようですが、最初の head は「見回している」ときの「顔」(頭部)の動き、加えてその顔に浮かんでいた表情、ということだと思います。

文意を汲んで、もう少しわかりやすい日本語にするとこんな感じでしょうか。

こんな話をしたのは、そもそもワトソン先生が、窓からムーアの景色を見まわして、不思議そうな顔をされたからですよ。

話の閉めとしても自然ですし、次のワトソンの返事ともうまくつながります。

“It certainly did cross my mind that it might be a little dull—less for you, perhaps, than for your sister.”
確かに、ちょっと殺風景じゃないかと感じたのは事実です ー まあ、あなたはともかく、妹さんもいるので。

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