ワトソンの「三度見」って、なに?

「ボヘミアの醜聞」で、ワトソンがベーカー街でホームズを待っている場面。約束の3時が過ぎてもホームズは現れません。しかし、ワトソンは事件に興味津々で、どれだけ帰りが遅くなろうと待つ決意です。4時近くになって、ドアが開くと「髪はボサボサ、もみ上げが長く、赤ら顔でみすぼらしい服を着た酔っぱらいの馬丁」が入ってきます。ワトソンは、ホームズの変装を見慣れているので、これがおそらくホームズなのだろうと思うのですが、すぐには信じられず「三度見」するのです。大事なことなのでもう一度言います。「三度見」ですよ?吉本新喜劇のギャグでも「二度見」が普通なのに、ワトソン先生、芝居がクサすぎませんか?

原文はこうです。

I had to look three times before I was certain that it was indeed he.

ここを文庫の訳で見てみると下のようになります。

それでもこれが間違いなくホームズだと確認するまでには、三度も見なおさねばならなかった。 新潮社

三度も見直してやっと、この馬扱い人がホームズに違いないとわかった。 光文社

これがまちがいなくホームズだと確認するまでには、三度も見直さなければならなかった。 早川

この馬丁がホームズだと確信するまでには三度見なおさなければならなかった。 創元社

この馬扱い人については三度も見なおして、やっとホームズだとわかる始末だった。 河出書房

三回見直してようやく、この馬丁がホームズであることに気づいた。 角川

三回見たのか

ワトソンはホームズの帰りをワクワクしながら待ち構えています。見知らぬ馬丁が部屋に入ってきたら、その人物から目を離すとは思えません。たとえば、道ですれ違った人物なら、何回も振り返ってみるということもありそうですが、このシチュエーションで「三回見る」というのは、ちょっとありそうもないと思います。原文に three times とあるからといって「三回」と理解して(訳して)いいのかどうか、ここが悩みどころです。

twice 表現

まず、えらく遠回りのようですが、think twice という熟語を考えてみます。これは「よく考える」という意味だと辞書にあるので、そこから look twice なら「よく見る」という意味になりそうだ、と自然に思いつきます。手元の辞書に、ズバリそういう意味は載っていないようですが、look twice は交通安全標語によく使われ、Look Twice for Bikes という自転車の交通安全サイトや、Look  Twice Save a Life というバイク安全啓蒙サイトがあります。ただし、こういう場面で使われる look twice は 「二回見る」のか「よく見る」のか、あるいは両方の意味が含まれているのか、断定はできません。

しかし、 Look Twice at These Famous Logos. What Are They Hiding? というサイトの場合は、誰でも目にしたことがある会社のロゴの中に隠れている記号を見つけるサイトなので「二回見る」ではなく「よく見る」の意味で使われていることはあきらかです。

three times 表現

つまり、look twice = 「よく見る」は成立しているのです。回り道をしましたが、ここでいよいよ本題です。「よくよく見る」と強調したい場合に look twice を look three times と格上げ表現をすることができるかどうかですが、バイクの安全を訴える法律事務所の Look Twice, Look Three Times, Look Four Times … Just Look! という記事が見つかりました。three times どころか four times まで使っていますね。このサイトでは「冬の間乗らなかったバイクはどんな不具合が起きているかわからないので、いきなり乗らずによく点検するように」という注意があるので、look は「見る」だけではなく「調べる」の意味でも使われているようです。

日本語でも「再度」を強調するのに「再三」とか「再三再四」という言い方をしますので、この英語表現もそれほど不思議ではないはずです。日本語でこういう表現を目にしたとき、2や3や4 に具体的な意味があるとは思わないでしょう。もし外国人に「再三」を twice or three times  と訳していいかときかれたら、どう返事をしましょうか?ちなみに「研究社 新和英中辞典」で「再三」の項では repeatedly などがありました。「再ハ two デショ!三ハ threeデショ!オカシイデス!」って粘られても答えようがなく八方ふさがり。

「ボヘミアの醜聞」に戻ると、やはりこの場面で、ワトソンが視線をそらすことは考えにくいので、 四角四面に「3回」にこだわる必要はない、いや、こだわってはいけないと思います。

試訳

ホームズが途方もない変装をすると知りつくした私でさえ、間違いなく彼だと確認できるまで、まじまじと見つめる必要があった。

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